原理講論P.35、総序より
「その新しい真理は、堕落人間が、その創造本然の人間へと帰っていくことができるように、神が人間をはじめとして、この被造世界を創造されたその目的はいったい何であったかということを教え、復帰過程の途上にある堕落人間の究極的な目的が、いったい何であるかということを知らしめるものでなければならない。」
・・・被造世界を創造されたその目的は・・・
なぜ、この宇宙があるのだろう・・
なぜ、人間が存在するのだろう・・
あらゆる存在は、その存在目的に適ったときに、
はじめて、その存在の価値を表すことができるのです。
例えば、万年筆。
この存在目的は、誰もが知っているように、
「紙に文字などを書く」ことです。
もし、原因不明でインクが出なくなったとしたら・・・
捨てるのも、もったいないので、字は書けないけれど
ペン先のキャップが、丸みがあって、心地よさそうなので
「つぼ押し用の棒」として、肩に押し当てて使ってみます。
使えないことは無いけれど、万年筆の価値が・・・
私たち人間も、自分の存在目的を知らずに、
「つぼ押し用の棒」のような人生を歩んではいないだろうか。
人生、楽しく生きることができても、
本当に価値ある生き方なのだろうか。
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