原理講論p.37、総序より
「象徴と比喩によって記録されている数多くの難問題を、かつてイエス御自身が直接話されたように、例えをもってではなく、だれしもが共通に理解できるように、『あからさまに』解いてくれるものでなければならない(ヨハネ一六・25)。」
「このような真理であってこそ初めて比喩と象徴によって記されている聖句を、各人各様に解釈することによって起こる教派分裂の必然性を止揚し、それらを統一することができるのである。」
・・・教派分裂の必然性を止揚し・・・
聖書のたとえ話には、難解なものが少なくない。
その解釈をめぐって、教派が分裂してきたのも事実。
ちなみに、キリスト教だけが聖書を用いているのではありません。
ユダヤ教だって、イスラム教だって聖書を使っています。
また、非公式な見解ではありますが、仏教の経典にも
聖書に基づいて書かれたものもあるといわれています。
ですから、聖書の問題を解決できたならば、
この世に存在するあらゆる宗教を統一できる可能性がありますね。
実際に、統一教会には宗教の壁が存在しないので、
さまざまな宗教を信仰している方々が、
文先生をメシヤと信じ、祝福を受けています。
神様の願いを実現する事が出来るならば、
どのような宗教でも構わないということですね。
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