原理講論p.21、総序より
「いったい、不義なる欲望のままに行動して、本心から喜べるような幸福を味わい得る人間がいるであろうか。」
「このような欲望を満たすたびごとに、人間はだれしも良心の呵責を受け、苦悶するようになるのである。」
・・・苦悶するようになる・・・
だから、多くの人たちは、良心の呵責を感じたくないから、
善だとか悪だとか、義だとか不義だとかを深く追求しないで、
楽しいことだけを見て人生を送ろうとしている。
でも、振り返れば、虚しい人生だったよね。
心から満足いく人生ではなかったよね。
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