2009年12月19日土曜日

授受作用

原理講論p50、創造原理
第二節万有原力と授受作用及び四位基台
(二)授受作用

「あらゆる存在をつくっている主体と対象とが、万有原力により、相対基準を造成して、良く授け良く受ければ、ここにおいて、その存在のためのすべての力、すなわち、生存と繁殖と作用などのための力を発生するのである。このような過程を通して、力を発生せしめる作用のことを授受作用という。」
 
・・・万有原力により、相対基準を造成・・・
 
『万有原力』は、相手と「関わりを持ちたいなあ」というような力の源です。
 
『相対基準を造成』とは、例えば「あいさつ」をしたり、「笑顔」で会釈したり、
最初に相手にアプローチしようと考え、それを行動に表します。
 
それを受けた相手の人が、さらに『万有原力』によって、
そのアプローチしてくれた人に意識を合わせようとします。
 
そして、お互いの気持ちが通じれば、相対基準が造成されます。
つまり、対話が始まります。
 
それが授受作用です。
 
すべての存在は、初めに相手にアプローチしようとする力によって存在します。
すなわち、『授ける』ことからすべてが始まります。「為に生きる」ということです。

すべての存在の基本ですね。

2009年12月18日金曜日

万有原力

原理講論p50、創造原理
第二節万有原力と授受作用及び四位基台
(一)万有原力

「神はあらゆる存在の創造主として、時間と空間を超越して、永遠に自存する絶対者である。したがって、神がこのような存在としておられるための根本的な力も、永遠に自存する絶対的なものであり、同時にこれはまた、被造物が存在するためのすべての力を発生せしめる力の根本でもある。このようなすべての力の根本にある力を、我々は万有原力と呼ぶ。」

・・・すべての力の根本にある力・・・

冒頭部分には、神について明確に述べられています。
その神ご自身を、神たらしめるその力が『万有原力』。

『万有原力』は、為に生きるという真の愛の源泉ということになります。

この『万有原力』によって生じる作用が、次にある『授受作用』です。

2009年12月13日日曜日

神と被造世界との関係

原理講論p.48、創造原理
第一節神の二性性相と被造世界
(二)神と被造世界との関係より

「二性性相を中心として見た神と被造世界との関係を要約すれば、被造世界は、無形の主体としていまし給う神の二性性相が、創造原理によって、象徴的または形象的な実体として分立された、個性真理体から構成されている神の実体対象である。」

・・・創造原理によって・・・

宇宙や人間などが誕生したのは、偶然ではなく
『創造原理』という明確な法則をもって、計画的に作られたのです。

ニュートンの有名な逸話があります。
ニュートンは、腕利きの職人に、太陽系の精巧な模型を作らせ、
歯車とベルトで、各惑星が動く仕掛けになっていた。
ある日、無神論で科学者の友人がこの模型を見て、
「これは素晴らしい、いったいだれが作ったんだ」、と尋ねた。

ニュートンは、わざとこう答えた、
「作者はいない。いろいろなものが集まって、
たまたま、そういう形になったのだ。」

「人をばかにしないでくれ。誰かが作ったに決まっている。」

「そう思うのか?これは途方もなく大きく美しい宇宙のごくお粗末な模型にすぎない。
実際の太陽系には歯車もベルトも使われていない。
この模型が設計者も制作者もなく、ひとりでにできたといっても君は信じない。
それなのに、この仕掛けの手本となった本物の太陽系が、
設計者も制作者もなしに、ひとりでにできたというのか。」

ニュートンは生涯を通じてキリスト教を研究し、
聖書史実の年代確定に天文学を導入し、歴史観を再構築しました。

神の実存を前提とする科学が必要なのだと思います。

2009年12月12日土曜日

神の実体対象

原理講論p.47‐48、創造原理
第一節神の二性性相と被造世界
(二)神と被造世界との関係より

「被造物はすべて、無形の主体としていまし給う神の二性性相に似た実体に分立された、神の実体対象であることが分かった。」
「このような実体対象を、我々は個性真理体と称する。」
「人間は神の形象的な実体対象であるので、形象的個性真理体といい、人間以外の被造物は、象徴的な実体対象であるために、それらを象徴的個性真理体という。」

・・・個性真理体・・・

『個性』とは、他の人・物から区別しうるような、固有の特性のことをいいます。
『真理』とは、どんなときにも変わることのない、永遠不変の普遍的な理法を意味します。
この二つの単語がくっついて、『個性真理体』となると、その意味は、

一つ一つの存在は、永遠に変わることのない、他に代えることのできない価値をもった存在、

ということになりましょうか。

例えば、
ある家庭に、子供が産まれました。
しかし、その子は病気で1歳になる前に亡くなりました。
その後、その家庭はまた子供を身ごもりました。

周囲の人たちは、「また、子供ができて本当によかったね。」
と言ってくれます。

では、その生まれてきた子供は、亡くなった子の身代りになれるのでしょうか?

それは絶対に、なれないのです。
子供を失った親ならだれでもわかることです。

親は、亡くなった子供から、かけがえのない愛を受けていたからです。
その愛は、誰も取って代わることができません。

『個性真理体』とはすなわち、
人間一人ひとりには、誰にも代えることのできない価値を持っていて、
神にとって、どのような人間も必要としているということです。

この世に、必要のない人間なんていないのです。

2009年12月9日水曜日

神とは

原理講論p.47 創造原理
第一節 神の二性性相と被造世界
(一) 神の二性性相 より

「神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。」

・・・性相的な男性格主体・・・

神とはどのような存在であるのか?
という問いに対する答えがここにあります。

『本性相』と『本形状』は、人間に例えると『心』と『体』
中和的主体ということは、ひとつになって調和している状態。
わかりやすく表現するならば、愛の人格を完成している状態。

『本性相的男性』と『本形状的女性』・・・男と女ということですが、
中和的主体とは、どのような状態をあらわすのかというと、

男女が一つになり、夫婦となり、『親』として存在していることをあらわします。

そして、「性相的な男性各主体」・・・
すなわち、私たち人間をはじめとする全ての存在に対しては、
目に見えない『父親』として接してくださる『神様』ということです。

ちなみに、『本形状的女性』なので、「母なる大地」といいますね。

私たち人間は、大地という母体の中で生きているということになります。
母の胎中で生きていれば、当然、親の顔は見ることができません。
でも、胎中に語りかける親の声は聞こえますね。

そう、それが神の声です。

2009年12月8日火曜日

神を中心として完成された被造世界

原理講論p.47 創造原理
第一節神の二性性相と被造世界
(一)神の二性性相 より

「神を中心として完成された被造世界は、ちょうど、心を中心として完成した人間の一個体のように、神の創造目的のままに、動じ静ずる、一つの完全な有機体である。」
「したがって、この有機体も性相と形状とを備えなければならないわけで、その性相的な存在が神であり、その形状的存在が被造世界なのである。」
「神が、被造世界の中心である人間を、神の形状である(創一・27)と言われた理由もここにある。」

・・・一つの完全な有機体・・・

宇宙全体をひとりの人間に例えるならば、
神は心であり、人間は一つ一つの細胞のようなものかな。

一人ひとりの人間は、神を中心につながっているのです。

別々の存在だと思うから、平気で他人を傷つけてしまう。

人間に例えるなら、自分のからだの中で細胞同士が傷つけあってる・・・
・・・恐ろしい痛みが伴うでしょうね。

人間が争うたびごとに、神はその痛みに耐え続けているのです。

2009年12月1日火曜日

神の本陽性と本陰性

原理講論P46、創造原理
第一節神の二性性相と被造世界
(一)神の二性性相

「本来、神の本性相と本形状は、各々本陽性と本陰性の相対的関係をもって現象化するので、神の本陽性と本陰性は、各々本性相と本形状の属性である」

・・・相対的関係をもって現象化・・・

本性相は、本陽性と本陰性の相対的関係をもって現象化
本陰性も、本陽性と本陰性の相対的関係をもって現象化

具体的にわかりやすく解説すると、
本性相は、人間に置き換えると『心』
『心』の陽性・陰性とは、「喜怒哀楽」などの感情のこと。

陽性が強くなると、『心』は「喜・楽」という気持ちをあらわします。
陰性が強くなると、『心』は「怒・哀」という気持ちをあらわします。

本形状は、人間に置き換えると『体』
『体』の陽性・陰性とは、「男性ホルモン・女性ホルモン」や「交感神経・副交感神経」などのこと。

男性は、当然「男性ホルモン」で男らしくなっていますが、
わずかながら「女性ホルモン」も持っています。

女性も、当然「女性ホルモン」で女性らしくなっていますが、
わずかながら「男性ホルモン」も持っています。

本陽性と本陰性は、単独で存在しているのではなく、
本性相と本形状にくっついていて、本性相・本形状の性格をつくっているということです。