2009年6月9日火曜日

キリスト教信徒たちにとっては、理解し難いこと

原理講論p.30、総序より
「新しい真理が現れなければならないという主張は、宗教人たち、特にキリスト教信徒たちにとっては、理解し難いことのように思われるかもしれない。」
「なぜなら、彼らは、彼らのもっている聖書が、それ自体で完全無欠なものだと考えているからである。」

・・・聖書が、それ自体で完全無欠・・・?

キリスト教は、イエスが十字架で昇天されて以降、
ずーっと世界の中心宗教として、活躍してきました。
そして、イエスによってもたらされた博愛が世界を救ってきたのも事実です。

だからといって、聖書自体が真理なのではありません。
では、何が真理だったのか?

ヨハネによる福音書14章6節
「イエスは彼に言われた『わたしは道であり、真理であり、命である。
だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」

そうです。イエス様ご自身が真理だったのです。

イエス様がこの地上で福音のみ言を伝えることができたのは、
エルサレムに戻られてから、十字架にかけられるまでの、たった3年間・・・。

すべてを語り尽くせなかったのでした・・・

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